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留学記

2010年1月10日

バージニア州立大学に留学して

写真1 サラのラボのみんなとピンクのジャケットを着ているのがサラ
写真2 実験をしている私
写真3 動物の手術室にて
写真4 実際にマウスの手術をしているところ
写真5 大学内のポスターシンポジウムでの発表風景

新潟大学消化器・一般外科 永橋 昌幸

はじめに

私は2009年4月より、バージニア州立大学(Virginia Commonwealth University, VCU)腫瘍外科の高部和明先生のラボに留学しております。高部ラボは、生化学の主任教授であるサラ・スピーゲル先生が主宰するラボの一角を担っており、実際にはサラのラボ内で他のメンバーと一緒に研究をしています(写真1)。留学準備とこちらでの研究生活について少し書いてみたいと思います。

忙しかった留学前準備とスピーディ?な生活のセットアップ

留学を検討し始めた段階で、いくつかの海外留学助成金に応募しました。申請書類の作成は大変でしたが、幸い住友生命海外医学研究助成金より留学助成金を頂けることとなりました。留学が決定してからは、直ちにビザの取得のため、留学先のバージニア州立大学に必要書類の作成を依頼しましたが、担当部署の対応は非常におおらかで、なかなか書類が届かず、高部先生とのメールのやり取り72回、米国大使館の面接をキャンセルすること2回、ようやく書類が届き、最終的に面接を受けられたのは、出発予定の前月の3月初めでした。

 

バージニアに着いてからの生活のセットアップは、高部先生の協力のもと、スピーディーに進められました。バージニアに着いた当日にソーシャルセキュリティナンバーの申請を行い、銀行に口座を作成、アパートを決定しました。2日目には大学に行き、事務手続きを行い、生化学の主任教授であるサラ・スピーゲル先生に挨拶をし、到着3日目から研究室で研究が開始されるという驚異的なスピードでした。その後は、仕事の合間を縫って、ホテルからアパートへの引っ越し、保険の加入、電気、水道、テレビ、インターネットの申し込み、車の購入、自動車免許の取得などを行いました。概ねのセットアップが1カ月くらいでできたのは、高部先生のサポートによるところが大きかったです。

 

ただ、すべてスムーズにいったかというと、そうではなく、むしろトラブルの連続でした。持ち込んだトラベラーズチェックは、サインが漢字だったため、取扱いを銀行から拒否され、所持金の大半が消失してしまう危機にさらされてしまい、それは数回の交渉の末ようやく口座に納めることができましたが、今度はその口座が手違いでマイナス表示となり、再度高部先生同伴で銀行に押しかける事態になりました。一旦決定したアパートは、前に住んでいた人が立ち退きを拒否したため、部屋が変更になり、そのために、それまでにすでに行っていた事務手続きのすべてで住所変更を行わなければならなくなりました。また、ソーシャルセキュリティナンバーの取得には結局4週間以上かかり、アメリカでは何をするにもソーシャルセキュリティナンバーが要求されるのですが、それなしでほとんどの事務手続きをしなければならず、いろいろな場面で手間がかかりました。あと困ったのは、アメリカでは通常、車の免許を取得する際には、自分の車を持って行って、実技試験を受けるのですが、(その時点では、免許がないはずなのに変なシステムです)、一方で、ディーラーには車の購入に際して、州の車の免許が必要だと言われ、車も免許も取得できない状況になりました。結局、ディーラーも最初よくルールが分かっていなかっただけだったのですが、ずいぶん振り回されました。最終的には、まず車を購入し、1か月の仮ナンバーをもらい、その期間内に車の免許を取得し、正規ナンバーを取得することになりました。

S1Pの大御所

サラはスフィンゴシン1リン酸(S1P)というスフィンゴリン脂質の発見者であり1)、S1Pは脂質でありながら、生体内で細胞内外の様々なシグナルとして働くとても興味深い物質です2)。私たちはS1Pと癌の発育進展について研究をしていますが、サラはS1Pを産生するSphingosine kinaseの特異的阻害薬も自ら開発しており、白血病細胞3)やグリオブラストーマ4)に対しては既に効果が認められています。私達はさらに乳癌や消化器癌の治療薬として臨床治験を目指して研究を進めています。高部先生は、この研究に関してテレビ局から取材を受け、私もちょこちょこと背景でテレビに映りました。

生化学を基本から

3月の終わりに、私より一足先にもう一人の高部先生のポスドクとして、インド人のスブがラボに加わっていました。彼はもともとインドでは薬学を専攻していたのですが、アメリカにきてWisconsin大学で分子生物学のPhDを取得した基礎学者で、臨床と研究の繋がりを求めて高部ラボにきました。私は、最初スブに弟子入りし、朝から晩までスブにくっついて、生化学の手技を基本から教わりました。最初はしばらく、ウエスタンブロッティングや細胞の扱い方などを練習し、その後、qPCR, siRNA, proliferation assay (WST-1), luciferase assay, tube formation assay, flow cytometry, apoptosis assayなど色々な実験ができるようになってきました(写真2)。

朝早くから、夜遅くまで

サラは朝7時半くらいにラボに来て、夜7時くらいまで仕事をしていますが、原則としてアメリカは結果至上主義なので、ボスが残っていても自分の仕事が終わったらみんなさっさと帰ってしまいます。サラのラボでは、大学院生、ポスドクの心得が書面にまとめてあり、そこには、すべてのラボのメンバーは、サラよりも早く来て、遅く帰ることを望むと書いてあるのですが、実際に研究室でサラより早く来て、遅く帰るのは、要領の悪い私くらいです。それでも、サラが「いつもマサは私より早くきて遅くまでいるわね!」と声をかけてくれるので、素直に頑張っていてよかったと思っています。また、土日は原則休みなので、人が少なくのびのびと研究できます。休日もラボに来るのは私だけでなく、ラボの何人かは土日も研究を続けています。インド人のハリもその一人で、彼はラボに来て1年未満ですが、すでに素晴らしい成果を挙げ、サラから絶大な信頼を得ています。

動物実験のプロトコール

サラのラボでは、S1Pを産生するスフィンゴシンキナーゼやS1Pのレセプターのノックアウトマウスを所有しており、Vivoの実験も行われています。私達も外科医であることを生かして、マウスの手術を行い、S1Pがどのように関係しているかをみる実験をしようということになりました。ただ、動物実験を行うには、いくつかの関門があり、まず、動物実験の専門のサイトで勉強して試験を受けて合格しなければなりません。試験はオンラインで行うので、ラボのスタッフが隣ですべて答えを教えてくれて、無事に合格することができました。次に、健康診断を受けさせられ、よく訳のわからないうちに強引に狂犬病の予防接種を打たれてしまいました。(ただ、後にマウスに咬まれ、予防接種を受けておいてよかったと思うことになりました。)そして、最大の難関は、個別の実験ごとに大学内の専門機関に書類を提出して認可を受けないといけないことでした。私も高部先生の指導のもと、必要書類(プロトコール)の作成を行いました。プロトコールには実験の背景や主旨に始まり、実験手技の詳細や必要な動物の種類や数、必要な薬品とその使用方法、発癌物質などを安全にしようするための手技やマウスの負担を減らすための工夫に至るまで多岐にわたり、30枚以上にわたるペーパーワークはかなり苦痛でしたが、数回のrevise、数回の獣医とのミーティングを経て、4か月でacceptされるに至りました。

動物手術室のセットアップ

動物実験を始めるにあたり、本格的に自分たちの動物実験の手術室のセットアップを行いました。交渉の末、大学内のMassey Cancer Centerに実験室の確保することができました。机探しから始まり、麻酔機選びや酸素ボンベを購入して、それらしい動物実験室が完成しました(写真3、4)。マウスに乳癌や大腸癌などいろいろな細胞を移植して、転移モデルを作成、切除したり、肝切除後の肝再生をみたりしています。また、Massey Cancer CenterにはIVISという生体内で癌細胞を光らせて検出、定量できる器械があり、術前後のマウスの癌の量を測定することもできます。

マウスの飼育

今回、3種類のノックアウトマウスをNIHから取り寄せて、飼育することになり、その管理を担当することになり、マウスの回診を毎日行っています。実験動物の数がそろっていないと実験もできないので、多くの子供を作るよう世話をしています。子供を作らないペアには精力増強剤としてピーナッツを与えたりします。Genotypingといって、子供のしっぽを切ってきて、ホモかヘテロかワイルドタイプか遺伝子型を調べるのも仕事の一つです。いずれ、実験ができるその時が来るまで、今はじっと準備をしています。

病理研究の立ち上げとノックアウトマウス

私は新潟大学第一病理学教室で味岡洋一先生の指導のもと、胆嚢癌、胆管癌の発育進展をテーマに研究させて頂き、大学院の学位を取得しました5-7)。こちらでもそのバックグラウンドを生かして研究ができたらと思っておりましたが、高部先生のご理解もあり、生化学のラボ内の一角に病理切片の免疫染色ができるように機材をセットアップさせて頂きました。新潟大学第一病理の技師の小林さんからいろいろアドバイスを頂いたり、こちらの病理の先生方に相談したりしながら、病理研究もできる環境を作りました。ノックアウトマウスのphenotypeの解析を病理学的に行い、S1Pのさらなる働きについて研究をしておりますが、その中で興味深いいくつかの新しい発見もありました。

共同研究

アメリカでは、共同研究が非常に盛んで、私達もほかのラボと共同研究を進めています。フィリップ・ハイレモン先生は胆汁酸の研究で世界的に有名な研究者で、サラとともに、VCUが誇るスーパースターの1人です。胆汁酸も生体内で情報伝達シグナルとして働くことが最近分かってきていましが、これがS1Pのレセプターにもどうやら作用するようだという発見をされため、それを確認するため、ノックアウトマウスを使って動物実験をするプロジェクトを進めています。

プレゼンテーションと英語

サラのラボでは週一回のミーティングがあり、ここでは、所属する助手、ポスドクや大学院生(全部で14、5人います)が持ち回りで自分の研究についてプレゼンテーションをします。ディスカッションがとにかく積極的なのが特徴で、発表者は皆から何十という質問攻めにあいます。ここで、徹底的に研究内容について話し合われ、評価されるとともに、今後の研究方針をサラが決めていきます。先日、とうとう私の初回が回ってきました。一か月ほどかけて準備をしましたが、英語もまだまだ未熟であり、大変緊張しました。それでも高部先生のアシストもあり、プレゼンテーションとディスカッション合わせて3時間近くに及ぶ長いミーティングをなんとか乗り切ることができ、みんなにプレゼンがよかったとか、面白そうな研究をはじめているなどと評価してもらい、第一関門はひとまず突破することができました。

 

10月には大学内での研究のポスタープレゼンテーションがあり、そこでも発表をさせて頂く機会がありました。多くの人と話をすることができ、よい練習になりました(写真5、6)。今後は、地方学会でのオーラルプレゼンなども既に予定されており、私にとってはひとつひとつがかなり高いハードルではあるのですが、英語のディスカッションのトレーニングだと思って頑張ろうと思っています。

素晴らしい同僚たち

高部グループには、私とスブのほかに、最近外科レジデントのオマーが加わりました。彼は、名門Duke大学の医学部と法学部を卒業しており、外科医であるとともに、先月弁護士資格も取得したという兵です。彼には動物実験を主に手伝ってもらっていますが、仕事も早くとにかく優秀で、私はオマーを指導する立場なのですが、逆に教わることの方が多く、アメリカの外科レジデントの話や医療システムの話など彼の話はいつも興味深いです。彼は弁護士として行政にも参加しており、バージニア州知事の特別顧問なども務めており、ちょっとすごすぎるのですが、弱点もあります。彼は2メートル近い巨漢ですが、未だにマウスが苦手で、マウスを捕まえて麻酔をかけるまでは、彼にとって恐怖のようで、身を屈めてマウスと闘い、麻酔がかかると満面の笑みで”Bye-bye, mouse! ”と勝利宣言をします。その姿はとても愉快です。あと、計算が私よりも苦手なので、うまくその辺の弱点をついて優位を保つようにしています。

 

また、ラボにはサラの直属のPhDも数人いますが、インド人のニタイはその中のエースの1人で、先日、論文がScienceに掲載され8)、みんなでお祝いをしました。サラのグループは、他のメンバーも質の高い論文を次々と発表しています。このラボのほとんど全てのポスドクは外国人で、彼らの多くは、数年のうちにアメリカでポジションを獲得して、独立して研究をしたいと考えており、異国の地で勝ち残ろうと必死に頑張っています。そして、競争が非常に激しいがゆえに、まだその地位にまでは辿り着けていないものの、私から見れば、既に独立するのに十分な実力を備えているように思われ、自分と同年代の彼らが自分の何歩も先を歩いています。自分もそのような中で揉まれて、彼らのように良い仕事ができたらと思っています。

臨床カンファレンス

高部先生の計らいで、生化学だけではく、外科のカンファレンスにも参加させてもらっています。毎週火曜日に腫瘍外科のカンファレンスと毎週木曜日に外科全体のグランドラウンドに出席しています。腫瘍外科のカンファレンスは、症例検討会で、気になる症例をピックアップしてレジデントが報告し、みんなでディスカッションするというものです。私もチャンスを見つけてなるべく発言するようにしています。また、胆嚢癌の症例のときは、新潟大学の論文が紹介されていました。一方、グランドラウンドは大学内外から講師の先生を招いて、レクチャーを受けます。話題はロボットサージェリーや危機管理対策など多岐にわたります。

最後に

留学してあっという間に半年が過ぎてしまい、早くも残りの期間がだんだん気になるようになってきました。アメリカには世界中から優秀な人材が集まり、非常に高いレベルで競いあって研究しているのだというのを肌で感じます。留学を快諾して下さった畠山勝義先生はじめ第一外科の先生方、誠に有難うございました。このような恵まれた環境で勉強、研究できることに感謝して、少しでも多くのことを学び、日本に持ち帰りたいと思っております。

参考文献
1)Zhang H, Desai NN, Olivera A, Seki T, Brooker G, Spiegel S: Sphingosine-1-phosphate, a novel lipid, involved in cellular proliferation. J Cell Biol. 114: 155-167, 1991.
2)Takabe K, Paugh SW, Milstien S, Spiegel S:" Inside-out" signaling of sphingosine-1-phosphate: therapeutic targets. Pharmacol Rev. 60: 181-95, 2008.
3)Paugh SW, Paugh BS, Rahmani M, Kapitonov D, Almenara JA, Kordula T, Milstien S, Adams JK, Zipkin RE, Grant S, Spiegel S: A selective sphingosine kinase 1 inhibitor integrates multiple molecular therapeutic targets in human leukemia. Blood. 112: 1382-1391, 2008.
4)Kapitonov D, Allegood JC, Mitchell C, Hait NC, Almenara JA, Adams JK, Zipkin RE, Dent P, Kordula T, Milstien S, Spiegel S: Targeting sphingosine kinase 1 inhibits Akt signaling, induces apoptosis, and suppresses growth of human glioblastoma cells and xenografts. Cancer Res. 69: 6915-6923, 2009.
5)Nagahashi M, Ajioka Y, Lang I, Szentirmay Z, Kasler M, Nakadaira H, Yokoyama N, Watanabe G, Nishikura K, Wakai T, Shirai Y, Hatakeyama K, Yamamoto M: Genetic changes of p53, K-ras, and microsatellite instability in gallbladder carcinoma in high-incidence areas of Japan and Hungary. World J Gastroenterol. 14: 70-75, 2008.
6)Nagahashi M, Shirai Y, Wakai T, Sakata J, Ajioka Y, Hatakeyama K: Perimuscular connective tissue contains more and larger lymphatic vessels than the shallower layers in human gallbladders. World J Gastroenterol. 13: 4480-4483, 2007.
7)Nagahashi M, Shirai Y, Wakai T, Sakata J, Ajioka Y, Nomura T, Tsuchiya Y, Hatakeyama K: Depth of invasion determines the post-resectional prognosis for patients with T1 extrahepatic cholangiocarcinoma. Cancer (In press).
8)Hait NC, Allegood J, Maceyka M, Strub GM, Harikumar KB, Singh SK, Luo C, Marmorstein R, Kordula T, Milstien S, Spiegel S: Regulation of histone acetylation in the nucleus by sphingosine-1-phosphate. Science 325: 1254-1257, 2009.
写真6 左から、スブ・オマー・高部先生・私