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留学記

2013年12月27日

バージニア州立大学への短期留学を終えて

左からBear腫瘍外科主任教授、私、高部准教授
腫瘍外科でのプレゼン風景
永橋先生(右)とヒポクラテス像の前にて
1844年にVCU最初の医学部講義が行われたEgyptian Building前にて
実験中の私
VCUの日本人会でのミーティングにて

新潟大学大学院医歯学総合研究科

消化器・一般外科学分野 (旧第一外科)

廣瀬 雄己

 

今年の7月、東北がんプロフェッショナル養成推進プラン (東北がんプロ) のご支援で、バージニア州立大学 (Virginia Commonwealth University, VCU) に1週間短期留学させていただきましたのでご報告します。

現在、私は新潟大学大学院1年目として、消化器・一般外科学分野 (若井俊文教授) に所属しながら、第一病理学教室にて味岡洋一教授に師事し日々診断、研究を行っています。今回、腫瘍内科学分野の西條康夫教授のご厚意により、東北がんプロのご支援でVCUの生化学・分子生物学の研究室 (Sarah Spiegel主任教授、高部和明准教授) と腫瘍外科 (Harry Bear主任教授、高部和明准教授) に短期留学させていただきました。

生化学・分子生物学のSpiegel主任教授は、スフィンゴシン1リン酸 (S1P) という脂質シグナル伝達物質の発見者であり、また、S1Pを産生するスフィンゴシンキナーゼの特異的阻害薬を開発するなど、S1P研究の世界的権威でいらっしゃいます。

バージニア州立大学の腫瘍外科は、アメリカで最初に設立された歴史があり、また腫瘍外科は全米に16施設しかないため、非常に狭き門戸となっています。

腫瘍外科のBear主任教授は、温厚な明るい先生で、乳癌の臨床研究で著名なトライアル (National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project, NSABP) の主任を務められ、さらに免疫学の教授もなさっている大変博学な先生でいらっしゃいます。

高部先生は、私たちと同じ新潟大学消化器・一般外科学部分野 (旧第一外科) ご出身で、当科教授の若井俊文先生とは第一外科時代の同期であります。アメリカのソーク研究所で基礎研究をされた後、カリフォルニア大学サンディエゴ校で外科レジデンシーを修められ、現在はVCUにて生化学・分子生物学、腫瘍外科の両方の准教授としてご活躍されている、まさにAcademic Surgeonの方です。また、先生はものすごくアクティブで、何事も待つことはせず、常に前に踏み込むスタイルが強く印象に残りました。

留学を終えて、当初想定していたよりはるかに多くのものを得られたと思っています。また、研究、臨床、生活面におけるアメリカと日本のさまざまな「違い」を実感しました。

ここからは留学を時系列に振り返り、最後に総括したいと思います。

 

7月27日 (土)

Evening

リッチモンド空港着。空港まで高部先生に迎えに来ていただき、その後夕食をいただきながら、アメリカでの生活についてや高部先生の研究・臨床に対する熱い思いを聞かせていただきました。その後ホテルにて就寝。

7月28日 (日)

この日以降、永橋昌幸先生 (新潟大学消化器・一般外科学分野より高部先生のラボにご留学中) と奥様に、毎朝ホテルからVCUまでお車で送っていただきました。今思えば、アメリカでの日常生活や日本との違いについて詳しくお話ができた貴重な時間だったと思います。

午前はVCUの腫瘍外科教室の研究棟を見学させていただきました。また、腫瘍外科のミーティングで行うプレゼンテーションのリハーサルをさせていただくお時間もいただきました。少しだけ練習させていただく予定でしたが、高部先生、永橋先生にプレゼンテーションスキルについて熱心にご指導いただき、大変勉強になりました。また、アメリカでは幼いころからプレゼンテーションのトレーニングを受けていることや、日本とは違いプレゼンテーション能力がかなり重要視されることについても教えていただきました。

夕方、さらに研究棟をいくつか見学させていただき (研究棟が多いのです)、研究室や技師さんの方々をご紹介いただきました。夕食は永橋先生のご自宅で奥様の手料理をいただきました。日本の食材が手に入るため、普段から和食を食べていらっしゃるとのことでした。

7月29日 (月)

Morning

高部先生のラボ・ミーティングに参加させていただきました。山田先生 (横浜市立大学消化器・腫瘍外科よりご留学中) が現在行っている研究内容は非常に興味深い内容でした。一般的に、スフィンゴシンキナーゼ1 (SphK1) は細胞質優位に、スフィンゴシンキナーゼ2 (SphK2) は核内優位に存在しており、SphK1の量が増えるとSphK2の量が減るといった具合に、両者は細胞内ホメオスタシスが保たれる関係にあることが分かっています。山田先生の仮説としては、SphK2のノックアウト・マウスの場合、代償性に細胞質のSphK1が増加して癌細胞の増殖につながるというものでしたが、実際の実験結果では、腫瘍の増大は認められませんでした。この結果を踏まえ、SphK2のノックアウト・マウスではSphK1が増加するものの、骨髄からの免疫応答も増強することで腫瘍の増大を抑制している、という新たな仮説を立案し、検証することになりました。仮説を立て、検証し、結果をみてまた新たな仮説を打ち立てる。研究の基本的なスタイルではありますが、ミーティングに参加する全員が上下関係なく活発に意見し、最先端の研究をしている自負を持ち、お互い勉強する姿に、アメリカで研究をする醍醐味を感じました。

青柳先生 (千葉大学先端応用外科よりご留学中) の研究は、腹膜播種によるカヘキシーモデルマウスにおける高TNFα血症に対し、FTY720の効果を検証するものでした。実際にマウスモデルでは予後の改善効果が実証されており、まさに臨床に直結する研究で、アメリカの研究が臨床に強く根差したものであることを再認識しました。

永橋先生は、免疫学の先生や歯学部の先生などと多岐にわたる共同研究を展開しておられるのですが、このミーティングでは、肥満と腫瘍の悪性度の関係をS1Pに着目してひも解く研究について議論しました。世間で話題になっているテーマを研究する点や、免染、ウェスタン・ブロッティング、遺伝子導入したCell line、、ノックアウト・マウスに至るまで多方面から仮説を検証する点など、一流誌に載るまでのプロセスを見させていただいたことは貴重な経験であり、勉強になりました。

ラボ・ミーティングに続き、動物実験施設で、週1回のマウスの子供の仕分け作業を行いました。マウスの世話が週1回で済むということは、普段は専門職の方が作業を行ってくれることを意味しています。そのためにはかなりの研究費が必要になります。

アメリカでは、日本に比べて競争的研究費の額がかなり高いことが知られています。f国立衛生研究所 (National Institute of Health, NIH) からのグラントとなると、本来一部大学へ支払う費用まで追加で支給してくれる上、研究者の生活費や保険にいたるまでの保証も追加でもらえます。高部先生は、この最難関のグラントを獲得して研究されています。

もちろんグラントの獲得競争は熾烈であり、また、研究資金がなくなると有名な研究室でも容赦なく潰れるといいます。アメリカで研究するためには、常に勝ち続ける必要があるため、個々のモチベーションはかなり高いといえます。

Evening

午後は永橋先生のウェスタン・ブロッティングのお手伝いをさせていただき、その後、2回目のプレゼンテーションの練習を高部先生が引き受けてくださいました。いただいたアドバイスの一部を紹介すると、

  • 各スライドのタイトルに漠然としたテーマを掲げず、結論や問題点をスレートに文章で書く
  • 聞き手に合わせてスライドを変え、完璧なパフォーマンスをする

また、発表中に相手に考えさせたら負けだと思うように、とのアドバイスは、非常に印象に残っています。

7月30日 (火)

Morning

7時からBear主任教授を筆頭とする腫瘍外科のミーティングがスタートしました。外科のチーフレジデントの先生がその週の腫瘍外科における死亡・合併症症例を提示後、私のプレゼンテーションの時間をいただきました。新潟大学の消化器・一般外科外科学分野の歴史と、胆囊癌、大腸癌肝転移に関する研究についてプレゼンテーションしました。

事前にかなり練習したものの、30分ほどのプレゼンテーションは少し間延びした印象であったことから、プレゼンテーションに所々アクセントをつける必要があると感じました。

私のあとは、ハーバード大学の外科レジデント卒の腫瘍外科フェローの先生が、大腸癌肝転移について症例提示と参考文献のまとめを発表しました。英語圏でないベネズエラの医学部卒にもかかわらず、英語を母国語のように流暢に話すので驚きました。自分の意見を正確に伝えるには、当然のことながらまずコミュニケーション能力が重要であり、英語が聞ける、話せるなどということは最低限のレベルであることを実感しました。

ミーティング終了後、高部先生、山田先生、ウェイ先生 (中国人留学生) と私で、共同研究の話をもちかけるため、Massey Cancer CenterにいらっしゃるBear主任教授のもとへ向かいました。

このミーティングで学んだのは、高部先生がいつもおっしゃることですが「コミュニケーション・スキル」の重要性です。共同研究者がお互いに “Win-Win” の関係になれるよう、ギブ&テイクを心がけること。これは日本で研究する際も重要なことであり、トランスレーショナル・リサーチにおける根幹だと思います。

Evening

昼からは乳癌集学的治療検討会に出席させていただきました。検討会構成メンバーの中で最も多かったのは、コーディネーターという職種の方々でした。日本では見慣れない光景ですが、検討会の重要な議題のひとつが、症例をどの臨床治験に割り振るか検討することであるためです。また、さらに驚いたのは、患者の臨床データを収集して検討会に提示するのはナースの役割であったことです。研究、教育、臨床、社会貢献が医師に求められるアメリカで、効率的に仕事を進めるために生まれた形だと感じました。また、検討会には腫瘍内科医、放射線診断医、放射線治療医、外科医が一堂に会して、効率的に集中して議論する場であり、まさに日本のがんプロが目指している形であろうと思います。

その後は顕微鏡室を訪問し、原子間力顕微鏡などさまざまな顕微鏡を見学し、操作させていただきました。

夜は永橋先生、山田先生、青柳先生と食事をさせていただきながら、それぞれの研究や将来の目標などについて熱い議論を交わしました。

7月31日 (水)

Morning

研究の合間に、青柳先生が構内を案内してくださいました。乳癌の大胸筋合併切除を提唱したHalstedの手術台が図書館にあるとお聞きしたのですが、現在は移動されており見られなかったのが非常に残念でした。

昼には、胆汁酸研究の世界的権威であるHylemon教授グループと合同ミーティングを行いました。永橋先生のCell Metabolism誌へ投稿する論文の仕上げとしてFigureの再検討を行い、また、Hylemon教授グループのZhou准教授のHepatology投稿予定の論文について議論しました。

Evening

永橋先生とウェスタン・ブロッティング等実験を行いながら、合間に学術振興会の海外支部での話をおききしました。永橋先生は、非常に難関である学術振興会のグラントを勝ち取り留学されているのですが、アメリカでは、学術振興会のグラントを獲得して研究しているメンバーの集まりがあるそうです。そこでのお話として、NIH、ハーバードには日本人研究者がそれぞれ300人ほどいることなどを聞かせていただき、海外で奮闘する多くの日本人の存在に大変刺激を受けました。

その後、歯学部の助教でいらっしゃる宮崎先生 (長崎大学外科出身) とミーティングを行いました。ニューヨーク市立大学の研究室より、間質内のS1Pを定量できる宮崎チューブ (宮崎先生が自作!) を使いたいとの依頼があったため、こちらから出向いて実験することに決めたとのことでした。

帰りに、永橋先生と奥様に、観光としてベルアイルを案内していただきました。南北戦争の爪痕が残る景色を背景に、吊り橋をマラソンする人やカヌーで川下りをする人などを眺めながら、ゆっくりとお話しさせていただく時間をいただきました。

夕食は青柳家で奥様の手料理をいただきました。4歳と1歳の女の子がいらっしゃる明るくて温かいご家庭で、日本からの移動と時差による疲れが癒された時間でした。

8月1日 (木)

Morning

7時から、外科全科のM&M (Mortality and morbidity) カンファレンスに参加させていただきました。200人程度が参加した大きなミーティングでしたが、印象的だったのはレジデント教育でした。移植外科、血管外科、小児外科、腫瘍外科、肥満外科といった各分野を担当するチーフレジデントの先生が、その週に経験した手術症例と合併症症例についてプレゼンテーションするのですが、20人ほどの担当患者の何をきかれてもペーパーなしですらすら答えており、お互い意識し競争していることが伝わる場でした。また、5人のレジデントの先生のうち2人が症例提示したのですが、実は朝、レジデントの先生全員が医局長のKaplan先生にスライドをメールし、選ばれたもののみがM&Mカンファレンスでプレゼンテーションできるとのことでした。どこまでも競争の中で鍛えられたこのメンバーと戦うと思うと、身の引き締まる思いでした。

続いて、Chairman代理のKasirajan胸部外科主任教授が今後の抱負について演説されました。その中で、

The importance of value, care per dollars spent.

というフレーズが印象的でした。アメリカの医療も財政面は厳しく、今年は外科手術全体で保険点数が25%カットされており、それを踏まえた一言であろうと思います。

また、もうひとつ強調されていたのは、教育の重要性でした。次の世代を担うのは若者であり、自分たちを助けてくれるのも教育した若者であると熱弁しておられました。

9時からは、Spiegel主任教授を交えた研究室全体ミーティングがあり、Nitai助教が研究発表されました (Nature Neuroscience誌投稿) 。ミーティングで感じたのは、上下関係のない討論が行われていること、全員が共通したテーマで研究しているためかなり深い議論になること、そして皆が自分のデータと手技を持ち寄り、お互いに高めあう努力をしていることでした。

8月2日 (金)

Morning

ベクターの確認や、前日作成した培養細胞の確認など、実験のメンテナンスを行いました。

Evening

質量分析器をみさせていただいた後、14時から山田先生と学生のKristaさんと一緒に、動物実験施設でマウスの乳腺に直視下に癌細胞を打ち込む作業を行い、さらにその後永橋先生に電気泳動を手伝わせていただくなどさせていただきました。

18時すぎからは、VCUの日本人会で1時間程の講演をさせていただきました。工学部の先生もいらっしゃったため、基本的な内容からお話しました。それでも専門外の先生にはなかなか内容を伝えきれなかった経験から、よりクリティカルな内容を模式的に示す工夫が必要だと感じました。

8月3日 (土)

帰国の途。

 

以上、短期留学を通じて学んだこと、感じたことを列挙すると、

  • 1人1人が夢に向かって邁進しており、地球の反対側で、勝つために戦っている
  • プレゼンテーションは自分をアピールする貴重な場であり、全身全霊をかける
  • プレゼンテーションで相手に考えさせるようでは負けである
  • つまらない質問でも意見を言いやすい環境作りが重要。話す中でアイディアが生まれる

そして、トランスレーショナル・リサーチにおいてもっとも重要なのが「コミュニケーション・スキル」だと高部先生から学びました。

留学で学んだことを活かし、研究、臨床、教育に邁進したいと考えています。また、少しでも留学を考えている先生方の参考になればと思います。

VCUの日本人会のみなさんと